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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)1889号 判決 1981年2月23日

原告

有限会社 和光

右代表者

齋藤芳

右訴訟代理人

齋藤善治郎

齋藤善夫

被告

佐藤ミサヲ

右訴訟代理人

大森鋼三郎

主文

一  被告は原告に対し、金八万三九〇三円を支払え。

二  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告に対し、昭和三〇年一二月ころ、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)のうち、別紙建物平面図(以下別紙図面という)二階のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ範囲の部分(以下甲斜線部分という)及び同ホ、ヘ、ト、チ、ホの各点を順次直線で結んだ範囲の部分(以下乙斜線部分という)を除いた残余部分を賃料月額一ケ月一万八〇〇〇円と定めて賃貸し、そのころ(右乙斜線部分の増築完了ころ)、乙斜線部分をも右賃貸借契約の目的に加えることを合意し、さらに同三五年九月一日、甲斜線部分をも右賃貸借契約の目的に加えることを合意し、それぞれそのころ各部分を引渡した(以下各斜線部分を含む本件建物全部の賃貸借(契約)を本件賃貸借(契約)という。)。

2  本件建物の賃料は、当庁同四五年(レ)第三三六号事件他一件の判決確定(以下前訴という)により、同四二年七月分から一ケ月金三万円に増額された(以下従前賃料という)。

3(一)  右賃料は、その後の本件建物の敷地(以下本件敷地という)に対する公租公課の増額、本件敷地、建物の価格の高騰、比隣の建物の賃料との較差の拡大等により、昭和四六年一〇月一日頃までには低きに失するに至つた。

(二)  そこで、原告は被告に対し、昭和四六年一〇月四日到達の書面で、本件建物の賃料を同年一〇月一日以降、一ケ月金四万七五〇〇円に増額する旨の意思表示をした(以下第一の意思表示という)。

4  その後、原告は被告に対し、昭和四八年一一月一五日到達の書面で、前項(二)の値上額のうち、左記の金額を越える部分は撤回し、なお左記のとおり、本件建物の賃料を増額する旨の意思表示をした(以下第二の意思表示という)。

昭和四六年一〇月一日以降

一ケ月金三万九〇〇〇円

同四七年五月一日以降

一ケ月金四万三〇〇〇円

同四八年一〇月一日以降

一ケ月金四万七五〇〇円

よつて原告は被告に対し、別紙未払(差額)賃料一覧表のとおり、昭和四六年一〇月分から同四九年一月分までの本件建物の未払賃料(増額賃料額から被告が供託、送金した額を控除した額)合計金四〇万円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、本件甲斜線部分に関する賃貸借が締結されたのが昭和三五年九月一日であるとの点は否認し、その余は認める。すなわち、昭和三〇年一二月ころ、甲斜線部分には訴外河田奈美が居住していたが、原告の説明によれば、河田は賃借権をもたず、昭和三一年一月には退去することになつているとのことであつたので、原被告は当初(昭和三〇年一二月ころ)の賃貸借契約において、甲斜線部分をも目的に含めることを合意したが、河田が立退き、被告が右引渡を受けたのは昭和三三年一二月ころである。

2  同2の事実は認める。しかし、従前賃料額は、前訴が本件建物につき地代家賃統制令が適用されないことを前提にしているので、妥当性を欠いている。

3  同3(一)の事実のうち本件土地に対する公租公課の増額については認めるがその余は否認する。

同3(二)の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

なお第二の意思表示の効果については争う。

三  抗弁

1  地代家賃統制令の適用建物

(一) 本件建物(乙斜線部分を除く)は、大正年代に建築されたものである。

(二) 次に指摘するとおり、本件建物は、「すし屋」営業の用に供する事業用部分と、居住の用に供する部分とが結合した、地代家賃統制令(以下統制令という)二三条二項但書、同三項、同令施行規則一一条に規定するいわゆる併用住宅である。

(1) 本件建物の構造

別紙物件目録及び別紙図面の通りであり、本件建物の一階は、面積が42.71平方メートルであり、北西(表)側に11.40平方メートルの店舗部分(別紙図面の調理場、腰掛台と表示した一区画)があり、これに接して南側に六畳、二畳各一室、台所、土間、ホール(板の間)、便所、内玄関等が続いている。また、二階は、面積が41.88平方メートルであり、北西(表)側に縁側付四畳半一室(甲斜線部分)、それに接続して四畳半二室、三畳一室(乙斜線部分の本体)といずれも和室が続いている。

(2) 目的

被告は、原告より、本件建物を、すし屋営業用店舗及び自己の住居として使用する目的で、賃借した。

(3) 本件建物の使用状況

一階

契約当初(昭和三〇年一二月ころ)から現在に至るまで、前記11.40平方メートルを立喰いすし屋の店舗用部分として、その余の部分(31.31平方メートル)は、事業主であり、本件建物の賃借人である被告が、その住居として使用している。

二階

甲斜線部分は、被告がその引渡を受けた昭和三三年一二月ころ以降は、住み込み従業員の居住用として、それ以外の二階部分は、契約当初(但し、乙斜線部分は増築時)から、被告の息子(但し、成人するまで)及び住み込み従業員(但し、従業員が多いとき)の居住用として使用してきたものである。

(4) したがつて、本件建物は、事業用部分(店舗)11.40平方メートル、居住用部分73.19平方メートルからなる併用住宅であり、統制令二三条二項但書、同令規則一一条により、その賃料は、統制されている。

(三) ちなみに、昭和四六年一〇月一日、同四七年五月一日、同四八年一〇月一日当時の統制賃料は、いずれも、被告が原告に対し、同四二年七月から支払つてきた賃料一ケ月三万円を大幅に下まわつており、原告の本件賃料増額請求は、失当である。

2  放棄

(一) 従前賃料は、当庁昭和四五年(レ)三三六号賃料請求控訴事件他一件(原告の被告に対する本件建物についての賃料増額請求を内容とする事件)の確定判決を経たものであるが、同控訴審は、昭和四八年五月八日、口頭弁論が終結している。

(二) したがつて、本訴請求賃料のうち右終結時以前の賃料分については、右前訴の中で請求が可能であつたにもかかわらず、原告は前訴でこれを請求しなかつた。よつて、原告は、黙示に昭和四六年一〇月分から同四八年四月分までの賃料についての増額分の請求権は放棄したものである。

3  賃料増額を減殺する事由

本件建物のうち乙斜線部分は、昭和三〇年一二月の賃貸借契約締結の際、原告の承諾を得て、被告がそのころ自己の出捐により増築し、本件建物に附合したものである。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁1に対して

(一) 認否

(1) 抗弁1(一)の事実は認める。

(2) 同1(二)本文の事実は争う。

(3) 同1(二)(1)の事実のうち、店舗用部分の面積の点は否認し、その余は認める。右店舗用部分の面積は、12.92平方メートルである。

(4) 同1(二)(2)の事実のうち、住居として使用する目的は否認し、その余は認める。全体として事業用として賃貸したものである。

(5) 同1(二)(3)の事実のうち、店舗用部分及び居住用部分の各面積については否認するがその余は認める。

一階のうち店舗用部分の面積は12.92平方メートル、被告の居住用部分は、六畳及び二畳間の計13.22平方メートルであり、台所約三平方メートルは、事業用、居住用(炊飯)の兼用部分である。

(6) 同1(二)(3)の事実のうち、二階部分を被告の息子が使用(成人するまで)してきた点は否認し、その余は認める。

被告は、本件建物の二階のうち甲斜線部分中の四畳半の部屋については、昭和三五年九月ころ以降、それ以外の二階各室は契約締結当初(乙斜線部分の三畳は増築時)から、それぞれ現在に至るまで、すし屋営業の接客用または住み込み従業員用の部屋として使用してきた(合計約三八平方メートル)。したがつて、二階は全部が事業用である。

(7) 同1(二)(4)の事実は否認する。後記(二)のとおり、本件建物は全体が事業用である。

(8) 同1(三)の事実のうち、本件建物の昭和四六年一〇月一日、同四七年五月一日、同四八年一〇月当時の各統制賃料が三万円以下であることは認めるが、大幅に下まわるとの点は否認する。

(二) 反論

(1) 本件建物は、全体が飲食の用に供する事業用の建物である(統制令二三条二項七号該当)。

被告は、原告より本件建物を主として「すし屋」営業の店舗に利用する目的で賃借し、現に、前記抗弁に対する認否四1(一)(5)、(6)で述べたように、契約当初から、本件建物の一部分(一階居住部分13.22平方メートル)を除いた他の部分を、右用途に従つて使用してきたものである。従つて、本件建物全体が、統制令二三条二項七号にいう飲食の用に供する建物にあたる。

(2) 仮りに、(1)の反論が理由がないとしても、本件建物は、いわゆる供用住宅にあたらない。

すなわち、統制令施行規則一一条によれば、併用住宅であるためには、事業用部分の面積が二三平方メートル以下でなければならないが、抗弁に対する認否四1(一)(5)、(6)で述べてきたように、本件建物の事業用部分の面積は、一階の店舗、台所部分、二階の四部屋全部(これは接客用又は住み込み従業員用の部屋であるから営業の用に供する部分と考える)の合計約五四平方メートルもあるからである。

従つて、本件建物の賃料に右統制令の適用はない。

2  抗弁2に対して

(一)の事実及び(二)のうち前訴で昭和四八年五月八日以前の賃料を請求していないことは認めるが、2(二)のその余の事実は否認する。

3  抗弁3に対して

認める。

五  再抗弁(抗弁1に対して)

原告は、昭和三〇年秋ころ、約二ケ月の月日と、総工費金二二万六六九一円(新築に等しい工費)の金銭と、大工の手間、延べ五一人(坪あたり二人半)の労力をそれぞれかけて、本件建物に大修繕を施し、殆ど新築同様の状態にした。

従つて、統制令二三条二項二号により、本件建物に同令の適用はない。

六  再抗弁に対する認否

原告主張の時期に、本件建物が修繕されたことは認めるが、その規模・内容は否認する。

すなわち、原告の右修繕は、本件建物の一階店舗部分11.40平方メートルを立喰いすし屋の営業が可能になるように改造(調理場をつくり、カウンターの台を設置する等)し、雨もり防止の修繕をなしたにすぎず、本件家屋全体を改造したものではない。

従つて、本件建物に、統制令二三条二項二号の適用はない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

1  請求原因1の事実は、甲斜線部分の賃貸借の成立年月日を除き、当事者間に争いがない。

ところで、右契約締結当初から、昭和三三年一二月ころまで甲斜線部分に訴外河田が居住していたことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、前記賃貸借契約の対象となつたのは、本件建物のうち甲斜線部分を除いた残余部分であり、昭和三五年九月一日に至つて、原告は被告に対し、右甲斜線部分を貸し増して、ここに本件建物全体についての賃貸借契約が成立したことが認められる。<証拠判断略>

2  同2の事実は当事者間に争いがない。

3  同3(二)及び同4の各事実は当事者間に争いがない。

原告は、第二の意思表示をもつて、昭和四七年五月一日、同四八年一〇月一日に各主張のような賃料の増額を生じたと主張するが、借家法七条一項によれば、賃貸人は、賃料増額の客観的事由が発生した場合、従前の賃料を「将来ニ向テ」増額請求することができるにとどまり、既往に遡つて賃料を増額することは許されていない。したがつて、昭和四八年一一月一五日になされた第二の意思表示は、第一の意思表示の効果の一部撤回もしくは放棄と右第二の意思表示の到達時点における賃料増額の意思表示の効力を有するにとどまる。

4  同3(一)の事実のうち、本件敷地に対する公租公課が増加した点については当事者間に争いがなく、また、東京都区内において昭和四二年七月一日から同四六年一〇月一日、さらに同四八年一一月一日にかけて、土地の価格及び建物の賃料がそれぞれ上昇したことは公知の事実である。

二統制令の適用の存否について

1  抗弁1について

(一)  抗弁1(一)の事実については、当事者間に争いがない。

(二)(1)  本件建物の構造

本件建物は別紙図面の通り、二階建であり、その一階は、面積が42.71平方メートル、北西(表)側にすし屋営業のための店舗用部分があり、これに接して、順次、六畳、二畳の各部屋、台所、板の間(ホール)、便所、内玄関と続いていること、またその二階は面積が41.88平方メートルであり、北西(表)側に縁側、それに接続して四畳半三間、三畳一間があることは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、一階の店舗用部分とそれに接する六畳の部屋(居間と呼ばれる部分)との間にはノレンがかかつて、一応の区画がなされているほか、店舗用部分から二階へ上るためには一階六畳、二畳の各部屋を通つて、板の間に至り、ここから段階を昇らなければならないが、これらの部屋には、すし屋の営業用設備は存在せず、部屋の造作も、住居としての通常のものであり、居間には、たんす等の家具、神棚、仏壇などが備えられていることが認められる。

(2)  本件建物の使用状況

一階

契約締結当初から現在に至るまで、被告は、一階のうち店舗用部分を自分の事業であるすし屋営業のために使用してきたこと、同六畳、二畳を被告自身の起居の場に当ててきたことについては当事者間に争いがない。

もつとも、被告の昭和五四年四月一九日付準備書面添付の図面及び被告本人尋問の結果(第三回)によれば、一階台所(約三平方メートル)では、被告一家の炊飯のほか、すし店用の炊飯もしていたことが認められるけれども、検証の結果によれば、右台所は古い板壁の粗末な造りで、設置されている流し台や炊飯器具も、通常の住居用台所にあるものと同等かそれ以下のものであり、台所全体の構造、設備、面積は、むしろ中流住宅の水準に達しないものであることが認められる。

そして、その余の一階部分を被告が居住用に使用していたことについては、原告の方で明らかに争わない。

二階

二階のうち、甲斜線部分(縁側を除く)については、昭和三五年九月から、それ以外の部分については、契約締結当初からそれぞれ現在に至るまで、住み込み従業員の人数に応じて、その居住用として使用してきたことについては当事者間に争いがない。

原告は、被告が右二階部分をすし屋の接客用としても使用してきたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

かえつて、<証拠>を総合すれば、店舗用部分から二階の各部屋へ行くには、被告の起居に用いられている前記階下六畳の居間及び二畳の各部屋を通り抜けなければならないこと、また、契約当初には、二階には住み込み従業員が現実に起居していたため、その生活に必要な荷物を二階の当該部屋に置いていたこと、さらに、二階北西側の四畳半には訴外河田の居住していた四畳半の和室があり、ここから便所、台所等へ用を足しに降りるときは、同四畳半に隣接している他の四畳半二部屋を通り抜けなければならないこと、しかも当時訴外河田は小学生くらいの子供二人と前記部分で生活しており、夜遅くまで動力ミシンを動かして家計をささえていたこと、河田親子の居住部分及び二階の他の部屋とは、相互に簡単な建具で仕切られ、いずれも一般住居の和室の構造であることがそれぞれ認められる。(右二階の各和室が、一般住居の和室と異つた店舗的あるいは飲食客の応接を主たる目的とした設備、構造であることを認めるに足る証拠はない。また、右各和室を被告が実際に接客用として使用してきた事実を認めるに足る証拠もない。)

(3)  賃貸借の目的

右のような、本件建物の構造及び使用形態を考え合わせると、本件建物は、すし屋営業用店舗及び居住用部分とからなる併用住宅であり、被告は両目的のために原告から本件建物を賃借したものと認めるのが相当である。

(4)  本件建物のうち、すし屋の営業の用に供される部分は、地代家賃統制令施行規則第一一条の事業用部分に該当することになるので、次にその面積が二三平方メートル以下か否かについて判断する。

(5)  右施行規則一一条によれば、併用住宅の要件としては、二三平方メートル以下の事業用部分と九九平方メートル以下の居住用部分とを有する住宅であつて、かつ、「一 当該住宅の借主が当該住宅に居住する者であること、二 当該住宅の借主が当該事業用部分で行う事業の事業主であること」が必要である。右一、二号の規定からみれば、事業主が居住の用に供すべき設備、構造を備えている部分も居住用部分であり、事業用部分に属しないことは明らかである。

そして、事業主が当該住宅の賃借人であり、かつ、当該住宅に居住して事業用部分で事業を営むことを、賃借人に関するいわば人的要件とし、事業用部分及び居住用部分が、それぞれ所定の面積以下であることを、住宅に関するいわば物的要件としていることに鑑みれば、右事業用部分と居住用部分との区別は、当該住宅の物的構造、設備及び使途によつて、客観的に定められるべきものと解される。この解釈に従つて、本件建物の二階部分をみると、その構造、設備及び使途は前記(1)、(2)の認定のとおりであるから、右二階部分は、すべて居住用部分と認めるのが相当である。右二階部分に、被告が営むすし店の従業員で住み込みの者を寝起きさせていた事実は、前記(2)のとおりであるが、同二階部分は一般の住居としての構造、設備を有するにとどまり、事業用宿舎と言うべき構造、設備を有する建物とは物的状態を異にするから、住み込み従業員の起居の場所に使用した事実があつたということのみでは、同部分を事業用部分と認定することはできない。けだし、従業員が、住み込みか、通いかは、偶発的な事情であり、すし店の営業には住み込み従業員が必須、不可欠とは言えないし、居住用部分が、住み込みの都度、事業用部分に変ずるものとも言えないからである。(次項2で認定する従前の使用状況からもこのことが首肯できる。)

次に、一階部分についてみるに、前記(2)の事実に基づけば、事業用部分は、店舗用部分のみというべきである。けだし、台所部分は、一般住居にとつて必須不可欠な部分であり、本件建物の台所部分の構造、設備も一般住居と同等かむしろそれ以下であるから、すし店の営業のために若干の炊飯を行なつているにしても、台所部分全体としては、住居用部分に含まれると解すべきである。仮に、右台所部分の二分の一を事業用とし、これを店舗用部分に加算しても、その合計面積は、二三平方メートルに及ばず、いずれにせよ、本件建物の店舗用部分は二三平方メートル以下となる。

そして、前記(1)の争いがない事実によれば、本件建物の一階、二階の合計延面積は、84.59平方メートルであるから、居住用部分が九九平方メートル以下であることは明らかである。

また、事業主でもあり本件建物の借主でもある被告が本件建物に居住していることは当事者間に争いない。

従つて、本件建物は、統制令二三条二項但書、同令施行規則二条の要件をすべて充足する併用住宅にほかならない。

2  再抗弁について

原告が、昭和三〇年秋ころ、被告が本件建物に入居するに先だつて、その建物(大正年代に建築されたことについては当事者間に争いがない)を修繕したこと自体は、その規模、内容を除き、当事者間に争いがない。

しかし、<証拠>によれば、従前(被告の賃借前)も、本件建物の二階部分は居住用として、同一階部分のうち、店舗用部分は帽子販売店舗として賃貸されていたこと、右修繕により、建物の内部造作あるいは若干の構造部分に変動を生じたのは、主として、一階店舗用部分が帽子販売店舗からすし屋営業のための店舗に造作された点にあり、その他の箇所で、建物の基本的な構造にかかわる変化はないことが認められる。

甲第一三号証(枝番を含めて)は、殆んどが些末、微少な金額の請求書あるいは領収書であり、しかも、造作工事に関するものと認められるものが多く、いずれも新築あるいはこれに近い大修繕を認めさせるには至らず、右認定に反する証拠とは言えない。他に、右修繕が原告主張のような新築に近い大規模なものであることを認めるに足る証拠はない。

かえつて、<証拠>を総合すれば、昭和五〇年二月ころ当時で、本件建物は全体が極めて老朽化し、床、天井、窓わく等はかなり損壊が目立ち、建物の基礎部分の落ち込みも激しく、全体として朽廃に向いつつある状態であることが認められる。この事実から推し測れば、昭和三〇年秋ごろの前記修繕の規模、内容は、新築に該当しないのは勿論、新築と同視できるようなものではなかつたと認められる。従つて再抗弁は失当である。

3  結論

右1、2のとおり、本件建物の賃料は統制令の適用をうけるものというべきである。そして、昭和四六年一〇月四日当時の本件建物の統制賃料額を、所定の方式(昭和二七年建設省告示第一四一八号、同四一年同告示第一一四〇号改正後の第二の一の1所掲)により算出すると、以下の計算のとおり、月額金四、三七八円となる。

(統制賃料算出の経過)

(一) 前記昭和四一年建設省告示による統制家賃算出の算式は左記のとおりである(敷地の昭和四六年度の固定資産課税台帳登録価格が昭和三八年度分価格をこえるときの算式である)。

(二) 右(一)の算式に該当する具体的数学

(1) <証拠>によれば、昭和四六年度の本件建物の価格は一三万八、三〇〇円であり、同年度の右建物の都市計画税は二七六円であることが認められ、また、本件建物の延面積が84.59平方メートルであることは前述のとおりである。

(2) <証拠>によれば、昭和三八年度の本件敷地の価格は三二万四、九四〇円であり、同四六年度の同敷地の固定資産税、及び都市計画税はそれぞれ一万九、一二九円、一万二、四九一円であることが認められる。

(三) 右(一)の算式に同(二)の具体的数字を代入すると統制賃料が求められる。

三相当賃料の算定

そこで進んで昭和四六年一〇月四日当時の本件建物の相当賃料額を検討する。

1  統制令の適用のある建物につき裁判所が適正賃料額を定める場合には、必ずしも統制額に限定されるものではなく、同令の趣旨を尊重し、当該建物に統制令を適用した場合の金額をも考慮に入れたうえで、相当な額を定めることができるものと解するのが相当である(最判、昭和五一年六月三日、民集三〇巻六号五七一頁参照)。

また、前記四一年建設省告示により算出される統制額は、あまりに低額であるため、昭和四六年建設省告示第二一六一号で改訂されたことは裁判所に顕著な事実であり、また賃料は、その性質上、毎月のように改訂することは困難であり、通常、相当期間は一定額で推移せざるをえないものである。

2  <証拠>によれば、本件敷地の昭和四八年度の固定資産税課税標準額は四七六万八九一一円、同固定資産税額は六万六七六四円、同都市計画税は一万八六六五円であり、同年度の本件建物の価格は一三万八三〇〇円、同都市計画税は二七六円であることが認められる。

右事実によると、第二の増額の意思表示がなされる直前である昭和四八年一〇月当時の統制賃料額は、一ケ月二万九、五三四円となる。

(右統制賃料の算出経過)

3 前記二3の統制賃料試算額、右三2の同試算額、右1の事情、当事者間に争いのない本件建物の従前賃料の確定経過並びに抗弁3の乙斜線部分増築の経過、前記一4で判示した既定賃料を不相当とする事由、鑑定人大河内一雄の鑑定結果及び<証拠>(特に、本件建物に統制令の適用がないことを前提に本件建物の昭和四六年一〇月一日当時の継続賃料を一ケ月金三万四、五〇〇円とする鑑定結果及び昭和四七年五月一日当時の同様賃料を金四万〇三二九円と鑑定した記載)、当裁判所に顕著な物価の上昇(昭和四二年の東京都区部総合消費者物価指数を83.7とした場合、同四六年のそれは106.3であり、約1.27倍に達し、また、東京都区内の家賃指数は、それぞれ、90.6が103.7となつており、約1.14倍に達している)、及び、建物の現況、修繕の状況等本件に顕れた諸般の事情を総合して考えると、原告の第一の賃料増額の意思表示により、本件建物の賃料は昭和四六年一〇月四日以降一ケ月金三万一、〇〇〇円に、昭和四八年一一月一五日以降同金三万五〇〇〇円に増額されたものと認めるのが相当である。

四抗弁2について

右三に認定した限度で原告の各増額請求は理由がある。被告は、原告が前訴の口頭弁論終結時前の期間の賃料増額分の請求権を放棄したと主張するが、<証拠>によれば、前訴の訴訟物は、昭和四二年七月分から昭和四六年九月分までの賃料増額分に係る請求であることが認められるから、本訴請求に係る昭和四六年一〇月四日分以降の増額賃料債権を原告が前訴で請求しなかつた一事をもつて、請求権の放棄があつたとみることはできない。他に、原告が前訴において被告主張のような放棄をなした事実を認める証拠はない。

五結論

以上によれば、本件建物の賃料は、昭和四六年一〇月一日から同月三日までは一ケ月金三万円、同月四日から、同四八年一一月一四日までは一ケ月金三万一〇〇〇円(なお昭和四六年一〇月分は日割計算により、金三万〇九〇三円)、同月一五日から昭和四九年一月末日までは一ケ月金三万五〇〇〇円となり、別紙未払(差額)賃料一覧表の控除した賃料額欄記載の金額を差し引くと、右期間の賃料不足額は、別紙不足額一覧表のとおり、合計八万三九〇三円となる。

よつて、本訴請求は右不足額を請求する限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用し、仮執行の宣言については、これを附さないこととし、主文のとおり判決する。

(山本和敬 永吉盛雄 難波孝一)

物件目録<省略>

未払(差額)賃料一覧表<省略>

不足額一覧表<省略>

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